私のありがたい理解者と思っていた社長が亡くなられた。
2月26日享年60歳
約1年の闘病生活
社長はよく闘われた。
家族を思い、社員を心配し、会社を守ろうとした。
最後まで立派だった。
3年先輩で、約20年ほどの付き合いだが
そのうち10年は、社長と社員の関係となった。
かつては、僕らのバンドを羨ましがり
僕のお膳とかのデザインを気にいってくれて
買ってくれたりもした。
社内で、一番の理解者を亡くしたことは
僕にとっても大きい。
妹さんも、この機に退社ということで
会社にとっても大きな転換期となる。
高山自動車短大の、大講堂で営まれた
葬儀には、祭壇に
昔からの遺言となっていた、お饅頭が
これでもかと並べられ、駿河屋の
シンボルマークの富士山と、荒波が
菊などの花であしらわれた。
中央でほほ笑む社長の遺影は
僕が撮った写真だ。
この祭壇のデザインは、何と淳平が
やったそうで、ご縁を感じずには
いられない。
2月26日といえば、マサの大事な人の
命日と同じで、不思議だ
心よりお二人のご冥福をお祈りします。
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